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大阪高等裁判所 昭和51年(行コ)49号 判決

控訴人・附帯被控訴人 国

代理人 道工隆三 井上隆晴 小林茂雄 西野清勝 ほか六名

被控訴人・附帯控訴人(選定当事者) 中林幸作

主文

原判決主文第二項を取り消す。

右取り消した部分に関する被控訴人の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(控訴の趣旨)

主文第一、二項及び第四項と同旨。

(控訴の趣旨に対する答弁)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

(附帯控訴の趣旨)

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、選定者らに対する別表請求額欄記載の各金員及びこれに対する昭和四五年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

仮執行の宣言。

(附帯控訴の趣旨に対する答弁)

主文第三項と同旨。

仮定的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張 <略>

第三証拠 <略>

理由

一  労使の紛争と本件の事実経過に関する当裁判所の事実認定は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決理由第二、二(原判決二五枚目裏末行から三四枚目裏五行目まで)の説示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決二六枚目表六行目に「中島真二」とあるのを「中島眞二」と、同二九枚目裏四行目、一〇行目及び三〇枚目表三行目に「児島」とあるのをいずれも「小島」と各訂正する。)。

1  右事実認定の証拠資料として、当審証人森口重信の証言を加える。

2  原判決二六枚目表一〇行目を「会社は、昭和三七年二月一五日一般乗用旅客自動車運送事業を目的として設立され、そのころ運輸大臣の職権の委任を受けた大阪陸運局長から右事業の免許を得、当初の商号はかもめ交通株式会社といい、その後順次サカエタクシー株式会社、東急交通株式会社、公明タクシー株式会社と社名変更をしてきたものであり(この事実は当事者間に争いがない。)、公明タクシー労働組合(以下「組合」という。)は同年一二月会社の従業員をもつて結成された労働組合であり(選定者徳山一男を除くその余の選定者らは、いずれも昭和四五年一一月三〇日当時会社の従業員であり、かつ、組合員であつた。)、全自交に加盟しているものであつて、組合結成後」と改め、以下の説示において「原告組合」とあるのをすべて「組合」と改める。

3  原判決二九枚目表四行目の「なお、」から同六行目の「提出した。」までを削除する。

4  原判決三〇枚目表七行目の「別組合を作り、」の次に「会社の運営を正常に戻すこと、配車について別組合を差別扱いしないよう組合に認めさせること等を主張し、」と挿入する。

5  原判決三〇枚目裏三行目から九行目までの括弧内を削除する。

6  原判決三一枚目表七行目の「報告をしてきたが、」の次に「特に組合の中林委員長らから、会社の金子社長について、運行管理、整備管理のできていない経営者を放置しておいてよいのかという強い抗議が繰り返されていたこともあつて」と挿入する。

7  原判決三二枚目裏二行目の「実施した。」の次に「監査を担当したのは大阪陸運局から中島自動車部長、森口自動車部旅客第二課長ほか六名、大阪府陸運事務所から二名で、会社の出庫前点呼時間である午前一〇時前ころ東大阪市下小坂にある会社本社営業所へ赴き、手分けして立入り監査を実施した。一行が会社へ着いた時には、事務所には老令の事務員(小使)が一人居るだけで、法所定の運行管理者である金子社長、林事故係長及びその代務者である小島営業係長はいずれも出勤しておらず、組合の中林委員長が運転者を集めて点呼にあたるようなことをしているにすぎず、また、会社の帳簿類(稼動日計表、給与精算書等)は事務所に保管されておらず、監査の実施中に中林委員長が組合事務所から持参してきた。そして、午前一一時ころようやく出勤した会社の山本営業課長から事情を聴取したところ、金子社長は納金管理開始後監査当日に至るまでの間一〇日前後しか出勤したことがなく、三木営業部長は納金管理開始以前から引き続き欠勤しており、山本営業課長は一週間に一、二回休むほかは出勤しているが、社会保険、従業員の入退社、近代化センター等の関係の事務を処理するのみで、それ以外の業務については関与せず、また、林、小島の両係長は組合から排斥されて実際上仕事をしていないこと、納金管理開始後の点呼の状況は、金子社長が一回、運行管理者ではない山本課長、組合の中林委員長らがそれぞれ何回か行つたほかは実行していないこと、組合側で作成した配車表によつて配車が行われていること、運輸規則上保存を義務づけられている乗務記録、運行記録等を会社が整備、管理していないこと、新規雇用の運転者に対する運輸規則所定の五日間の指導教育を行つていないことなどが判明し、会社の事業が営業、運行管理、経理、整備のいずれの点においても会社(経営者)の責任において運営されていないことが明らかとなり、同時に、自動車の運行について、勤務時間及び最高乗務距離の超過、区域外営業等の数々の法令違反行為が発見された。」と挿入する。

8  原判決三三枚目裏初行、三四枚目表五行目から六行目、同七行目及び九行目にそれぞれ「被告局長」とあるのを「大阪陸運局長」と改める。

9  原判決三三枚目裏一一行目の「連絡し、」から三四枚目表初行の「と申入れ、」までを「連絡したところ、翌二五日同地連の山瀬委員長ほか二名が大阪陸運局の中島自動車部長に面談し、当初は賃金債権が残つているので廃業許可をしないよう要望していたが、中島部長から会社の事業経営の実情を説明し、無責任な自動車の運行を放置しておくことはできないので、廃業申請が出た以上早急にこれを許可せざるをえない旨陸運局の方針を明らかにすると、山瀬委員長ほか二名は、最終的には事業の廃止自体には敢えて異を唱えず、賃金債権の関係で廃業許可の時期を暫く見合わせるよう申し入れるとともに、会社の従業員の再就職について大阪陸運局からもタクシー協会に働きかけてほしい旨依頼した。」と改める。

10  原判決三四枚目表九行目の「局長は、」の次に「当時会社の所属する事業区域(大阪市域)内のタクシー事業数は約一七〇、タクシー認可車両数は約一万七〇〇〇台であつて、会社の認可車両は三〇台であるから、その廃業申請を許可することにより公衆の利便が著しく阻害されることはないと判断し、しかも、」と、同一二行目の「処分をした」の次に「(以上のうち、会社が昭和四五年一一月二〇日付で大阪陸運局長に対し事業の廃止許可を申請し、同局長が同月三〇日右申請を許可する処分をした事実は当事者間に争いがない。)」とそれぞれ挿入する。

二  会社の事業廃止許可申請が組合に対する関係で不当労働行為に当たり、労働協約にも反するものであることについての当裁判所の認定判断は、原判決理由第二、三、2(原判決三五枚目表五行目から三九枚目裏初行まで)の説示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、説示中「原告組合」とあるのを「組合」と改める。)。

三  そこで、大阪陸運局長のした本件廃業許可処分による国家賠償責任の有無について判断する。

1  被控訴人は、大阪陸運局長は組合による納金管理を嫌悪し、会社の不当労働行為に積極的に加担、呼応して本件廃業許可処分をしたものであると主張するので、まずこの点について検討する。

大阪陸運局長が、会社における労使紛争の長期化に伴う経営の乱れを憂慮し、金子社長に対し再三にわたり会社経営の責任体制の確立を求め、これが実現されないときは陸運局としても厳しい処置をとらざるをえない旨の警告を発していたことは前記認定のとおりであるが、このこと自体は、道路運送事業の適正な運営と秩序の維持を監督する立場にある陸運行政担当者として当然の指導であつて、会社に対する違法な圧力ないし干渉として法律上非難されるべきことではない。また、<証拠略>によれば、大阪陸運局は、会社と組合の紛争の過程において、組合が未払賃金確保の手段として行う納金管理それ自体は労使の問題であつて、道路運送関係法令に抵触する事態が生じない限り陸運行政当局の関与すべきことがらではないとの態度で終始し、労使の紛争に介入することを極力回避していたことが認められるのであつて、本件の全証拠によつても、大阪陸運局長が組合の納金管理を敵視ないし違法視してこれを妨害したり、まして陸運局がことさらに金子社長の不当労働行為意思を触発・助長させたものと認めるべき資料はない。したがつて、大阪陸運局長が会社の不当労働行為に加担、呼応する意図をもつて違法に本件廃業許可処分をしたものとは到底認めることができない。

2  次に大阪陸運局長の職務上の義務違反の有無について検討する。

一般乗用旅客自動車運送事業が国民大衆の日常生活ないし社会活動にとつて重要な機能を果たし、社会公共の利益に直接かつ緊密な関係を有するものであることはいうまでもないところであり、法は、かかる運送事業については、道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進するという目的(一条)のもとに、営業の自由に対する公共の福祉による制約として運輸大臣による免許制をとり(四条)、その免許基準として、輸送需要に対する適応性、事業区域における輸送需給の均衡、適切な事業計画、事業遂行能力、その他公益上の必要性等の審査を要するものとする(六条)とともに、免許事業者に運輸開始義務(七条)、運送引受義務(一五条)、輸送の安全等遵守義務(三〇条)等を課し、運賃の認可制(八条)、公衆の利便を阻害する行為等の禁止命令(三二条)、事業改善命令(三三条)、運送命令(三四条)、免許の取消(四三条)等行政機関が事業運営の内容について積極的に監督規制を行うものと定めており、本件において問題となる事業の休廃止の許可も右監督規制の一環をなすものといわなければならない。したがつて、法四一条二項において運輸大臣(道路運送法施行令四条により陸運局長に委任)は事業の休廃止によつて公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合を除くほか休廃止の許可をしなければならない旨規定している趣意は、事業の利用者である公衆に対する利用提供の義務性を担保するとともに、前記免許基準による事業の免許と相俟つて輸送需要に見合つた輸送供給力を維持し、両者が不均衡にならないように需要の見通しの枠内で本来自由であるべき事業の休廃止を規制しようとするものにほかならないと解すべきであり、休廃業申請の許否を決するにあたつて、当該申請の不当労働行為性あるいは労働協約違反等の労働法規上の問題点について探究し、その判断いかんによつて労働法秩序維持の見地から許否を決するというようなことは、およそ法の予想しないところといわなければならない。また、所掌事務及び権限を明確な範囲において各種行政機関に分配するという基本原理(国家行政組織法二条)に基づき運輸省の所掌事務の範囲及び権限を網羅的かつ詳細に定める運輸省設置法が陸運局の所掌事務として定めているところ(同法五一条)及び自動車運送事業に関し運輸大臣から陸運局長に委任されている職権の範囲(道路運送法施行令四条)に照らしても、陸運局長が右のような労使関係上の問題についてなんらの権限を有しないものであることは明らかであり、それにもかかわらず、陸運局長がその監督下にある事業の労使関係上の問題に介入し、許認可権限の行使を通じてこれに一定の公権的判断を示すとするならば、それは、むしろ各行政機関に対する権限分配の当然の効果である他の行政機関の権限の不可侵の要請に悖るものといわなければならない。被控訴人の挙示する通達(昭和四一年一二月二四日自旅第九八三号自動車局長から各陸運局長あて依命通達)は、労使間の問題に関連するハイヤー・タクシー事業の休廃止等の申請については、その処理方法いかんによつて徒らに摩擦を惹起するおそれが少くないので、慎重に対処するよう注意を促したものであるにすぎず、右に述べた理をなんら左右するものではない。そうだとすると、廃業許可処分が事業者の廃業許可申請を不可欠の前提要件とする行政処分であることはいうまでもないところであるけれども、陸運局長は、右申請に対しては、専ら法の目的に照らし、法四一条二項に依拠してその許否を決すべきであり、右申請が不当労働行為に当たるかどうか、あるいは労働協約に違反するかどうかなどの点について自ら積極的に調査・判断をしなかつたとしても職務上の義務に違反したものということはできないと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前記認定のとおり、大阪陸運局長は、特別監査の結果及びそれ以前からの会社の労使双方との折衝により、会社における労使間の対立が激しく、会社の事業が営業、運行管理、経理、整備等のすべての面にわたつて経営者の責任において運営されていないばかりか、勤務時間及び最高乗務距離の超過、区域外営業等の各種の法令違反行為が行われている事実を把握していたところ、金子社長から、会社正常化について努力したが組合との関係を打開することができず、事態を改善する自信がなくなつたとして事業廃止許可申請がされたので、金子社長に対し、組合との話合の必要性及び従業員の再就職斡旋の努力について指摘したうえ、会社の所属する事業区域におけるタクシー輸送の需給見通しをつけて右申請を許可したものであるから、本件許可処分について大阪陸運局長に職務上の義務違反があるということはできず、過失の責を負ういわれはないものと認めるのが相当である。

3  そうすると、控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償義務の履行を求める被控訴人の請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

四  以上の次第で、原判決中右と判断を異にし、被控訴人の損害賠償請求の一部を認容した部分は不当であるから、これを取り消して被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里 岩川清 島田禮介)

選定者目録、別表 <略>

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